自主的三連休

けんぜんな家族旅行へいくことになり、
前日準備と、ずっと休みたいと思っていた気持ちを行動に起こし有給休暇を取った金曜日。
暑さにやられながら、掃除だったり雑用だったりねころがんだりゆっくり過ごして、休日を満喫した。
その後、実家へ移動し、夜はDVDを見て過ごす。


高校時代は家族旅行は悪しきものだと思ったりしたこともある。ましてや、両親が夫婦二人で旅行へ行くことなんてありえないと思っていた。でもここ最近は、老後を目の前にして余暇の使い方を探っているかのように、あっちこっちへ遊びまわりその中に、夫婦二人の旅行なんてものも入っている。
正直驚きだ。そうだったのか、そうゆうのもありえる二人だったのかと思い直してみた。
何か違うと思って、そうか、人って変わるのかと思い至った。

くるくる、時間とともに全ては変わっていく。それを知っているのは、大人になったってことなのかもしれない。
今悪いことも、辛抱すればいつのまにか変わる。今良いことも、時間の流れ図に逆らえずに変わっていく。変わるのは悲しいけど変わらないのは怖い。変るのは怖いけど変わらないことは考えられない。全てを忘れたくないという気持ちを持つのと同じように、そう思ったことさえ忘れていく現実に、たくさん救われているんだろう。
どうせ変わってしまうものなら、たくさん嘆いてもいいんだ。

変わりたいと願うほど変わっていく実感はないのに、考えもしないうちにはっと気づいた瞬間、過去の自分と今の自分の変化を感じることがある。それは時におおいに矛盾している。
私は、過去の自分も愛すべき対象だから、ふっと寂しさを感じる。けれども、今の私のまわりにいてくれる多くの人たちの存在に安心をえる。感謝を感じる。


先週の三連休より充実したときを過ごせたのは、人と一緒にいる時間が長かったせいだろうか。私の激しい変化をともに過ごした人たち、変化を知らず知らずのうちに許容していた人たち、そうゆう存在なのかもしれない。
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by maokon | 2008-07-27 23:00 | 日記

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