春に近づいていく

社会人1年生もあと数日で終わり。
ふふふ、となんだか可笑しい。私は変わらないんだなぁと実感する。

昨年私が大切に行っていたことと、今私が行っていることがあまりに変わっていて愕然とした。これまで育ててきた私の「大切」は、そんなものだったのかとショックだった。
3月の前半はそんなことを考えながら、模索の日々だった。積極的に探していたわけではなく、日常に求め続けた。内心できょろきょろ私の周りを眺めた。求めた、内心で。
2月は焦燥感から走った。「120%だったね」と言われて、自分でも納得してしまう。自棄とも思えるような勢いだった。私ごときの影響力は何も生まないだろう、だからいいだろう、そう思ってる。その日々は人との接触が多かった。私の思考を投げて投げまくって押し付けまくって反応や影響や態度を見て、また私の思考を生む。活発だった。疲れたけれど、それを感じたときにどこかの方向へ足を踏み出すことをしていた。それくらい活力があったのだ。
2月と3月の間に何があったのあろう。
深い溝が?
2月の私をKEEPするのは無謀だった。2月の私も、純粋な私ではなかったのだろう。そう思う。
今は、人との接触が減ったから活性が減った。他人には他人の大切なものがあると感じたから。私の大切なものと人の大切なものは関連するところもあるけれど、やっぱり認識としても別物だからそこに踏み入る必要はない。踏み入れられたくない人も多い。
私の大切なものの中に、「私の周りにいる人」もいる。
だから、踏み入ってかき回したくないとも思った。それは、大切にするために。
こわいとかめんどうくさいとかそんなことも言えるよ。どっちも言える。ニンゲンだもの。
2月みたいじゃなく、3月みたいでありながら大切なものを共有する相手がほしいと感じていた。
3月は、つまり、そんな月だ。

4月は2年生になって、1年生が入ってくる刺激的な月。楽しみだ。
もっと、仕合わせを求めて、優しさをさがして。

春うららかなサンデイ お日様が元気になっていく。
水は流れ循環する。時と人と全ての心のように。
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by maokon | 2008-03-23 13:19 | 日記

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