夏休み。お盆休み。

「夏休み」とみなが言った。私は耳にするたびに、その響きに違和感を感じていた。
("お盆休み"じゃない、夏休みってもんでもないよ)
私の会社の、お盆休みは14~16で、月・金を休んで9連休にする人も多い。その週をすごして、ああ、なるほど夏休みだったんだと思う。それも今日で終わり。

 13日、人の少ない仕事場は、なぜか気合が入らない。週の初めだというのに、翌日からまた休みか続くと思うと変な気分だった。その夜、私は大学時代の友人と約束をしていて、つまり定時後から正に夏休みのようなイベントが待っていたのだった。そのせいもあって、時間を意識してすごした。
 その夜会うことになったのは、言葉の流れというか勢いで、大して目的もなかった。会いたい気持ちはあったけれど話したいことはなかった。というわけで、私が気になっていた、韓国の辛い料理が食べられるお店へ誘って、食べに行くことにした。
 久しぶりに会った彼女は、いい意味で変わっていなくて、もちろんかなり大人になっていた。私は聞く一方で彼女の思考物の多さが大変刺激になった。大学時代からいつもそう、だから彼女に会うとがんばろうって思う。それが、私には大切な時間だった。プレッシャーに感じることも嫌に思うことも多くあったが、彼女の存在は今の私になるまでに実に大きい。
 しっかり歩いているんだという印象を受けた。私は、私は、私はどうしていこう。しっかり前を見よう。戻ることだけはないようにしよう。止まっていたら足踏みをはじめよう。そうやって思っていこうと思う。

 14日、お盆休みのスタート。事前打ち合わせのとおり、祖母のうちへ直行する。地下鉄を抜けて外が見えるようになって、人がたくさん乗ってきて(たぶんみんなどこかウキウキしている感じ)、どんどん建物が低くなっていって、空が広くなっていって、緑が増えて、田んぼが当たり前になって、山があるようになった。そうやって、混んだ車内を80分間たって窓の外を見ていた。
 おじいさんやおばあさんが乗ってきても混んでいるために座れない。一人、本当に倒れそうなおばあさんが必死に杖を突いていた。私はどうしようもなくて、声もかけられずに、ただはやく次の停車駅へ着くことを祈った。いい天気だった。車内は冷房が効いていたけれど外はさぞかし暑かろう。
 はじめて降り立った駅で、大勢の明らかな帰省者と一緒に改札を出る。お年寄りが多くて驚いた。びっくりするほどのお土産を抱えていたりする。父はすぐに迎えに来てくれて、知らない道を祖母宅まで走った。今朝…昨日まで東京にいたのがうそみたいだった。育った場所でもないので、馴染むわけでもないがこの田んぼの風景のほうが本当のような気がした。
 祖母宅でおもてなしをうけ従姉に会い親戚に会う。暑い。やはり今年の夏はどこにいても暑い。ただ、東京の暑さとはにおいが違うようだ。
 叔母さんがうどんを打ってくれた。「ちょっと太くなりすぎちゃったかな。暑いから塩を多めにしたのよ」。祖母のうちにはかまどが現役で、井戸水で生活している。「ちっと熱いけど、悪いねぇ」といいながらかまどでゆがいたうどんは、その太さがちょうどよく腰があり、まさにこれが釜揚げうどんなんだと、実感する。なんたって、うまい。これが一番印象に残っている。
 その日、実家へ父の車で戻る。途中、私がおいしいといった日本酒をもとめてお店によってもらった。父が言うには、かなり高いらしい。私はよくわからない。なんとコンビニで購入した、地酒だ。かえって、さっそく開けてみると、やっぱり私好みでおいしい。なんと言ったって、後味がないというほどすっきりなのがいい。父によると「ハウスワインだね、ワインみたいでいいんじゃない」と。女性向けの軽いお酒のようだ。いい気分で、暑い中眠りについた。もう私の部屋はないから、相変わらず客間に寝転がって。

15日
・映画
 レディースデイだから映画を見よう。一緒に見よう、ということではじまった企画だったのに、気がつけば私は一人で母と姉とは違う映画を見ていた。
 「天然コケッコー」これは、主人公の女の子のある一時を切り取った映画だった。賛否両論あるだろうけれど、私は好きだ。
 豊かになるって、選択肢が増えるってことだよね、先日大学時代の友人とそう話したことを思い出した。選べるから悩んでまっすぐじゃなくてでもそれも否定できないしだから病むんだろうね。豊かになって滅びに向かっていく気がする。そんな会話が引きづられるように思い出された。映画にはあんまり関係ないと思うよ。
 いいな、というより、素敵だと思った。
・高校の友人ら
 夜からは高校の友人らとあう。なんと、みんな学生だった。地元の友人だから不明だが、気が抜ける。テキトーでいいんだって思う。それだけみんな大きいのかもしれないけど、そこはわかんないけど、すごく居やすかった。よく笑って、テキトーに楽しかった。
 たぶん、生涯最初で最後、カラオケでオールした。
 翌朝帰ると、「もっと、まめに連絡入れなさい」と何度も言われたけれど、家族には大して怒られなかった。意外だったけれど、こうゆうもんなのかなと思って、ドキドキしながらほっとしてちょっとうれしかったかもしれない。

 金曜日も夏休み気分。ああ、お盆休みじゃない、夏休みってこうなんだって、すごく実感した。明日はもう週末だ。二日しか会社に出てないのに、この疲労感は何だろう。
 電車を降りるのが面倒になって、ずっと乗って終点まで行ってみた。ここなんだ、と駅名をみて実感するも、はてさて自分はどこにいるのだろうと、わからずじまいだった。結構遠いみたいだ。

 土曜日、恒例のバドミントンをする。「~でも、はじめに比べたらうまくなったよ」と言われて、うれしくなった。私の好きな食べ物、ものってなんだろう。聞かれて答えられなかった。特別ってなんだろうか。
 たまがわの花火大会に、のんびりと繰り出す。開始一時間前に駅について、これは5名合流するには少々無謀だったかもしれない。なんとか会えた、私が幹事みたいだったのに、不快な思いをさせつつ協力してもらって、会えた。難しいなあ。面倒だと思ってしまうのは変えなければならないのだろう。だろう。
 空いていたからシートを広げた場所が偶然にも、世田谷側の打ち上げ場所のすぐ近くで、大変よろしかった。楽しかった。今年初めて花火見たなあって気がした。花火を見ているときだけ、全部忘れてしまいたかった。
 儚いも何も知らない。草のにおいと、拍手と、にぎやかさと、夜の風とか、振り返ってみればそんなものたちがその時の「今」だったんだと思う。

 日曜日、男鹿和雄展に行ってきた。久々に一人でお出かけかなと思ったら、一応先週もそれらしいことはしていたのだった。噂に違わぬ混雑ぶりだった、一人できてよかったと思う。親子連れとカップルが多くて、一人できている人もいるようだった。入場するために1時間並んできるときに私の目の前に、父と小学3年くらいの女の子がいた。その二人のじゃれあう姿が、なんとなく私と父のそのころの様子を思い出させて、微笑ましかった。背中に文字を書いたり、手をたたき合わせたり、些細な遊びと駆け引きを何度もしていた。父はあんなに若かったのだろうか、時が流れても変わらない。そして、女の子の親を見る信頼しきった純粋な目がまぶしかった。あんな目で見られたらくらくらしてしまうだろう。子供ってすごい存在だ。
 展示会のほうは、素敵だった。人も多かったけれど、品も多くてかなり疲れてしまった。よかった、でも疲れた。あとは、なんとも言えない。「千と千尋~」のイラストが本当に好きだった。感動。



 めんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさい
 どっか一つの「めんどくさい」を「とりあえず何かやるか」に変えよう。
 足踏みをはじめよう。
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by maokon | 2007-08-19 21:53 | 日記

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